サックスプレーヤー上野耕平×マウスピースオタク店長谷中英一『失敗から学ぶマウスピースしくじり学』

サックスを演奏する際に欠かせないマウスピース。実はこのマウスピースひとつを変えるだけで、音色が180度変わってしまうほどサックス吹きにとっては超重要なアイテムなんです!

ということで、クラシックサクソフォン奏者として第一線で活躍されている上野 耕平(うえの こうへい)さんと、島村楽器イチの“サックスマウスピースオタク”を自負するイオンモール幕張新都心店 店長の谷中 英一(やなか ひでかず)さんのお二人を迎え、過去のマウスピースの失敗から学んだ経験やノウハウについて対談していただきました!

マウスピースに関してお悩みをお持ちの方も、そうでない方も楽しく読める、笑いあり涙あり(!?)のマニアックな対談です!

プロフィール

上野 耕平 Ueno Kouhei(サクソフォン奏者)
東京藝術大学器楽科卒業。第28回日本管打楽器コンクールサクソフォン部門第1位・特別大賞(史上最年少)。2014年第6回アドルフ・サックス国際コンクール第2位。NHK-FM「×(かける)クラシック」の司会やテレビ「題名のない音楽会」「情熱大陸」など、メディアへの出演も多い。17年度第28回出光音楽賞、18年第9回岩谷時子賞奨励賞受賞。デビュー以来、常に新たなプログラムにも挑戦し、サクソフォンの可能性を最大限に伝えている。
公式HP:https://uenokohei.com
Twitter:@KoheiUeno710 Instagram:@koheiueno_sax

谷中 英一 Yanaka Hidekazu
1983年生まれ。中学校の吹奏楽部入部をきっかけにサックスを始める。その後、アート・ペッパーの演奏に感銘を受けジャズサックス奏者を志す。大学時代はモダンジャズ研究会にて日夜ジャムセッションやバンド活動に傾倒。演奏以外の仕事で音楽を楽しむ人のために役立ちたいと思い立ち、2006年に島村楽器入社。現在はイオンモール幕張新都心店の店長として働く傍ら、千葉県を中心に自身のバンドのライブ活動を行っている。

マウスピースにかけた総額は数百万!?

──お二人はこれまでに何本くらいのマウスピースを購入されましたか?

上野 今までのを全部合わせると、アルトサックスで20本ぐらいだと思いますね。

谷中 僕は昨日、自分が過去に持っていたマウスピースを記憶を頼りに数えてみたんですが、205本まで数えたところで諦めました。

上野 205本!?すごいですね! 記憶で辿れるのもすごいです(笑)。

谷中 狂ってますよね(笑)。

上野 いや、でもわかりますよ。好きなことってそうなりますよね。興味ないことは全然覚えられないのに、好きなことはなぜか覚えられちゃう(笑)。でも、なんでそんなに多くなってしまったんですか?

谷中 僕は大学生の頃にジャズ研究会に所属していまして、その時はじめてヴィンテージのマウスピースを購入したんです。それまではセルマーやメイヤーなどの一般的なメーカーのマウスピースを使っていて。でも買ってみたらすごく吹きやすくて、今まで吹いたことがないようなダークな音が出たんですよ。まるで自分が上手くなったような感覚になっちゃって、「マウスピースでこんなに変わるのか!」と。それで色々試していくうちに、だんだんコレクションのようになってしまいました(笑)。

谷中さんの現在のお気に入りマウスピースコレクション

──ジャズはマウスピースやセッティングによって音色を変えたりしますよね。逆にクラシックはずっと同じマウスピースを使ってる方も多いですが、それに比べると上野さんも相当な数を持っていますね。

上野 10年くらいずっと同じマウスピースを使ってるっていう人もいますよね(笑)。僕も同じモデルを長く使っているんですけど、「マウスピースは消耗品」という考え方なんです。3年もするとマウスピースは音が劣化していくので、長くても2年ちょっとで同じモデルの新しいマウスピースに買い替えていますね。今使っているのも今年の5月に買ったものです。

上野さんの現在のお気に入りマウスピース

──今までおふたりがマウスピースにかけてきた総額は相当なものになりそうですね(笑)。

谷中 ちょっとすぐには計算できないですけど、たぶん総額だと数百万は使ってると思います。学生時代のバイト代は、飲み代とマウスピース代に消えていました(笑)。

上野 クラシックのマウスピースはそこまで高くはないので、それに比べれば僕は大したことないですね(笑)。でもマスタークラスのお仕事で地方の楽器店さんに行ったときに、ついでに楽器の選定も依頼されたりするんですが、マウスピースを模索していた時期は選定でいただくギャラからマウスピースを買ったりしていました。地産地消ですね(笑)。

谷中 楽器店からするとそれはうれしいですね! ちなみに、今まで購入したマウスピースはどうしているんですか?

上野 じつは家に使わないマウスピースたちの墓場があります…。

谷中 墓場!?笑

上野 僕はマウスピースを削ったりするので、そんな素人が削ったマウスピースを売るなんて無責任なことはできないじゃないですか。なので箱にまとめて保管しているんです。

上野さんが自宅に保管しているこれまでのマウスピースたち(墓場
!?)

上野 谷中さんはマウスピースはどうしてるんですか?

谷中 僕は積極的に売って、資金化して、また次のマウスピースを買って……、日本の経済を回しています(笑)。最初のころは家に何十本もあって、コレクターみたいになってしまっていたんですけど、持っていても本番で使うこともないし、たくさん持ってると逆に迷いが生まれてしまうんですよね。あれもしたい、これもしたいと自分のスタイルがブレてしまうので、今は本当に使うマウスピースだけを手元に残すようにしています。

マウスピースにまつわるしくじりエピソード

──マウスピース選びにおいて、これまでに失敗した経験はありますか?

上野 今使っているマウスピースは「セルマーS90 180」というモデルなんですが、その前は「170」という古いタイプのものを使っていて、そのモデルが一時期設計がガラッと変わってしまったんですよ。そこでめちゃめちゃ苦戦しましたね。

谷中 まったくの別物!っていうくらいガラっと変わりましたよね。

上野 そうなんです。マウスピースの開きが変わってしまって、太さも長さも変わって……。今の180になってようやく落ち着いたんですけど、その過程だけでも12、3本は買いました。買っては本番で試して、やっぱり感覚が違うなって思って自分で削っては試してを繰り返したりして……。

谷中 さっきもおっしゃってましたけど、ご自身でマウスピースを削っていることに驚きです。

上野 なかなか思うような音が出なくて、それだけ気に食わなかったんですよ(笑)。だからうまく響かない部分を、紙ヤスリを使って慎重に削って洗ってを繰り返して、「もうちょっとかな?」って削って、逆にやりすぎちゃったり(笑)。

一同 (笑)

上野 谷中さんも自分で削ったりしますか?

谷中 僕は自分では削らないんですが、15、6年前ですかね? たまたま知り合ったリフェイサー(マウスピースを削る専門職人)の方に削ってもらったことがあるんですが、全然ダメになって返ってきてしまって……。結構気に入ってたヴィンテージのマウスピースだったのでショックでした。そういう失敗はたくさんありますね(笑)。

上野 削る作業って後戻りができないんですよね。だから覚悟が必要になる(笑)。

──それこそ自分でやるのは相当な度胸がいるのでは?(笑)

上野 逆に人に任せるのが怖くて嫌なんですよ。だったら失敗してもいいから自分でやっちゃいたいっていう(笑)。バリトンサックスは「ルソー」というマウスピースを使ってるんですが、テーブル(リードと接地する平らな面)も平らじゃないし、サイドレール(リードと接地する面の両端の箇所)も左右全然違う。これも自分で削って、今はすごくよく鳴ってくれてます。

谷中 もうリフェイサーですね!(笑)

上野 人のは絶対にやらないですよ?(笑) 自己責任のもと、自分が吹くものに限ってです。平らなガラスの上に紙ヤスリを置いて、鰹節を削る職人みたいに全神経集中させて「シュッ、シュッ」ってやっています(笑)

──谷中さんは何かしくじった経験はありますか?

谷中 いっぱいあります(笑)。ジャズっていろんなスタイルがあって、モダンジャズからフュージョンやファンク、ロックなんかもあるんですけど、僕は欲深い人間なので、ジャンルごとにマウスピースが欲しくなってしまって……。それで買ってはみるものの3年ぐらい使う機会がなくて手放してしまったりとか、でも後で必要になってもう一回買い直すとか(笑)。同じモデルを2、3回買い直したこともあります。

上野 試奏して「これいいな!」と思ったけど、本番で吹いてみると「あれ?」っていうこともありますよね。

谷中 ありますあります!

──試奏室とコンサートホールは響き方も全然違うと思いますが、そのあたり、上野さんはどうしているのですか?

上野 僕は試奏室で鳴っている音を、ホールで鳴る音に変換しながら選びますね。この部屋でこれぐらい鳴るってことはホールだとこれぐらい鳴るだろうというのを逆算して、実際に試してみる。そうやって試していくうちに、その精度が上がってきた感じですね。最近はマウスピース選びで失敗はしなくなりました。

谷中 なるほど。

上野 しくじりといえば、以前、本番の一週間前にマウスピースを落っことして割ってしまったことがありましたね。ネックにつけたまま不安定なところに置いていたら、マウスピースからドーンと床に落ちて、マウスピース先端が欠けてしまって……。それを接着剤で付けてしばらく吹いていたんです。

谷中 ええ!! それで吹けるんですか!?

上野 それがむしろ響きが良くなったんです(笑)。

谷中 ええ!?(笑)

上野 なんでかわからないですけど、音がより豊かになりました(笑)。

──そんな奇跡があるんですね(笑)。でも割れた時は相当焦ったんじゃないですか?

上野 頭が真っ白になりましたね。ちょうどそのマウスピースが先ほど話した設計変更する前の「セルマーS90 170」で、もう市場には出回っていなかったので「これはヤバい!」って思いました。谷中さんもそういう経験ありますか?

谷中 落として割ったことは私もあります。でもそれで良くなったことはないですね(笑)。あとは、ファスナーがついてる服を着ていた時に、金属のレールの部分にマウスピースをガリッと擦ってしまったことがあって、そのマウスピースはやはりダメになっちゃいましたね。それ以来、演奏するときはファスナーがある服は着ないようにしています(笑)。

失敗から学ぶ、マウスピースしくじり学

──たくさんの失敗を通して、お二人が得たものはなんでしょう?

上野 マウスピースを削る技術は相当上がりましたね(笑)。だからいい失敗でしたね! どこをどうやったらどうなるというのがわかったので。こればっかりは自分でやらないとわからないですし、勉強になりました。ただオススメはしませんけど(笑)。

谷中 ジャズ系のマウスピースの場合は、それぞれに設計が全然違っていて、僕もいろんなものを試したことで知識や経験値が増えましたね。例えば、「ティップ(マウスピースの先端)が分厚いのは鳴らない」とか、「サイドレールが太すぎるとダメなんだな」とか、「でも細ければいいものでもないんだな」といったように「この部分がこうだとこうなる」というノウハウが自分の中につきました。よく「マウスピースの顔を見る」とか言ったりしますけど、最近は吹かなくてもマウスピースを見ただけで予測がつくようになりましたね。

上野 わかりますね。「これはダメだろうな」っていうものは吹いたらまずダメですよね(笑)。

谷中 そうなんですよ(笑)。

──お二人が「これはダメ」と思うマウスピースの特徴とは?

上野 僕はマウスピースのティップの幅があったり、分厚いのはダメですね。

谷中 わかります。あとはリードと接するテーブルの部分が平らじゃなくて、傾いたりしているのはダメですね。テーブルがダメだと全体のバランスがすべてダメになる。

上野 やっぱり自分で吹いてみることが一番大事かなと思います。吹いてみて、マウスピースの造りをしっかり見て、答え合わせをする。そうすると「これはダメ」というのもわかってくると思います。

──マウスピースを選ぶ際は、何を基準に選んでいるんですか?

谷中 今は「こういうマウスピースがいいな」っていう軸がはっきりしているので、その上で演奏の形態やバンドの編成、演奏する場所の広さといったシチュエーションに合わせて、音色がもうちょっと明るい方がいいなとか、もうちょっと丸い方がいいなというように目的に合わせて選んでいます。

上野 僕は、響きが楽器に伝わって無駄なく存分に鳴っているか、そしてそのなかでどれだけ繊細にコントロールできるか。大きくはもうその2つだけですね。

──現在使われてる1軍のマウスピースは何本くらいあるのでしょう?

谷中 アルトとテナーでそれぞれ5本ずつくらいですね。でもメインで使ってるのは、1、2本です。上野さんはどうですか?

上野 僕は1本だけですね。サブもないです。でも落として割ることもあるので、予備は持っておいた方がいいかもしれませんね(笑)。

思い出のマウスピース

谷中 上野さんは思い出のマウスピースってあったりしますか?

上野 まさにさっき話した、落として割ってしまったマウスピースですね。藝大受験から大学時代とずっと使っていて、アドルフサックスコンクールも1枚目のアルバムもそのマウスピースを使っていました。今の自分の音とはまったく違う音が出ますけどね。

谷中 当時と今とで、マウスピースに求めるものが変わったんですか?

上野 当時はとにかく音色の明るさと煌びやかさ、そしてスピード感を大事にしていました。でも今はいろんな音色を出せるようにしたい。「この理想の音を出したい」って1色の音しか出せないってことだから、それって超つまんないなって思っちゃう。割とクラシックのサクソフォンって、ずっと艶があって、ずっと豊かで、ビブラートもずっとかかってるっていうことが多いですけど、それって楽器がもったいないって思うようになった。だから今は、低い音をどれだけ豊かにできるか、低い倍音をどれだけ大事にできるか、そういうセッティングの方が音色を自由に変えられるなってことに気づいたんですよね。

谷中 なるほど!

上野 谷中さんの思い出のマウスピースは?

谷中 僕は「ニューヨーク メイヤー」というヴィンテージマウスピースの中でも、一番人気の高い6MMというモデルですね。オークションで入手したんですけど、そのマウスピースがあまりにもすごすぎて自分には使えなかったという思い出があります。

上野 すごすぎるとは?

谷中 自分の技術が追いついていないのに、すごい名刀を持たされている感覚というか……。切れ味が良すぎてそれが怖くなってしまって、結局手放してしまいました。

上野 それはもったいない!

谷中 そうなんですよ!状態もすごく良かったんですけどね(笑)。

マウスピースは自分の音を届ける“のど”

──では、初心者の方に伝えたい「マウスピースの効率的な選び方」とは?

上野 なるべくたくさんのなかから選ぶことですね。僕は出身が茨城県なんですけど、地元の楽器屋さんに置いてあった2本から選んだりしてたんですよ。当時はありがたく使っていましたが、普通に考えれば2本だけで選ぶのは良くないですよね。だから目当てのマウスピースがなるべくたくさん置いてあるお店を探して、自分で吹いて選ぶことが大切だと思います。

谷中 僕も同じですね。よく「初心者だから自分にはわからないと思います」って言われるんですけど、絶対吹いた方がいいと思います。

上野 吹いたら絶対わかりますよね。

谷中 絶対わかります! 納得しなかったら無理に買うこともないですし、とにかく自分で吹いてみて、「これいいな!」っていう自分のフィーリングを大事にされるといいかなと思います。

上野 大事ですよね。だから僕もマウスピースの選定はしないんです。昔はちょっとやっていましたが、歯並びも骨格もみんな違うから、当然自分に合ってるマウスピースだって違うはずなんですよ。だからだれかの選定品じゃなくて、自分で吹いて選ぶのが一番信用できると思います。

──では最後に、お二人にとってマウスピースとはなんでしょうか?

谷中 偉大なサックス奏者を前にして、僕がそれを語るのはおこがましいですけど(笑)。僕にとっては体の一部であって、観客の心に響く音を届ける“自分の喉(のど)”です。

上野 まったく一緒ですね。同じことを言おうと思ってましたが、「のど」っていう表現が素晴らしいです。僕はマウスピースも楽器も、一度自分の中に飲み込んで”自分の音”として出すことが大事だと思っています。だから自分と楽器を繋ぐパーツであり、まさに身体の一部ですね。

──すごい! 見事に一致しましたね!(笑) 今日はありがとうございました!

上野 耕平さんコンサート情報

The Rev Saxophone Quartet リサイタル
2022年12月24日(土)@東京:浜離宮朝日ホール

チケットのお申込みはこちらから

【出演】
The Rev Saxophone Quartet  上野耕平(S.Sax) / 宮越悠貴(A.Sax) / 都築惇(T.Sax) / 田中奏一朗(B.Sax)

【演奏予定曲】
A.ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」
H.トマジ:バラード~(The REVプロデュース企画Season2よりオーディション合格者のお披露目演奏)
クリスマスソングの名曲を新アレンジにて初披露 他

この記事を書いた人

上原章

広告代理店のディレクターとして、楽器メーカーの販促企画を担当する一方で、クラシックやジャズを扱う音楽専門雑誌の編集にも長年携わる。これまでに数多くのインタビューや企画の担当をしてきたが、最近は動画撮影の仕事の方が多いともっぱらの噂。本当はブラックミュージックと漫画が好きな、元バスケットボーラー。