人気YouTubeチャンネル「Coffee Journalist Taizo Iwasaki」で、コーヒーの幅広い魅力を初心者にもわかりやすく伝えている岩崎泰三さん。実は音大の器楽科を卒業し、ユーフォニアム、コルネットをはじめとした様々な管楽器を演奏するマルチプレイヤーでありながら、指導者としても活躍する音楽のエキスパートなんです。岩崎さんは豊富な経験を通じて「コーヒーは音楽だ」と考えるようになったそう。コーヒーをドリップしながら演奏するというユニークな活動も展開されています。
今回は岩崎さんが手掛けるコーヒー焙煎所「TCL ROASTING FACTORY」にお伺いし、コーヒーと音楽のさまざまな共通点についてじっくり語っていただきました。
「楽譜=コーヒー豆」? コーヒー抽出はステージ演奏と同じ
――岩崎さんは、コーヒーと音楽の関係について「作曲者…コーヒー生産者、演奏家…抽出師/バリスタ」と説明してされているそうですね。(著書「はじめてのおうちカフェ入門」より ※文末プロフィール参照)
岩崎:コーヒーを抽出するには、ドリッパーにペーパーフィルターをセットし、挽いたコーヒー豆を入れます。これは、演奏だとしたら、ソリストがステージの中央に立って、譜面台に載せた楽譜の前で楽器を構えている状態。楽譜の中にはすでに音楽があって、その音楽を楽器に息を通すことで音にし、人に伝わる形にするわけです。コーヒーも同じ。豆自体がすでに世界を持っていて、ドリッパーにお湯を注ぐことで、伝えたいものがコーヒーとなって落ちてきて、人間の体に取り込めるようになります。
岩崎:こうやってゆっくりとドリッパーの中のコーヒーにお湯を入れていきます。管楽器でいうと、息の圧はけっこうかけるけれども、強すぎないスピードで息を入れて、柔らかいメゾフォルテの音を出しているところ。コーヒーの味を作る上でいちばん重要な要素も、どういうスピードでどういう温度の湯を通してあげるかなんです。だから僕は、コーヒードリッパーが楽器のベルに見えてしかたがないんですよ(笑)。
――この焙煎所には、今お使いのドリッパーの他にもいろいろな道具がありますね。
岩崎:音楽では演奏する作品によって楽器を選ぶでしょう。それと同じです。たとえば、お湯のスピードを上げたいときはもっと穴が大きいドリッパーを使います。また金メッキが施された金属のメッシュフィルターでドリップすることもあります。
――紙と金属のフィルターとでは、どんな違いが?
岩崎:メッシュフィルターはコーヒーの持つ油や細かい粉も通すので、ペーパーフィルターで抽出したコーヒーとはまったく違う風味になります。楽器でいうと、現代のよく響くモデルとはまったく違った音作りをする古楽器みたいなもの。また、こちらの金属製のものは、中東やアフリカで古くから使われているイブリックという道具。これで臼ですりつぶしたコーヒーを煮詰め、漉さずに上澄みだけを飲みます。プリミティブ(原始的)でとても良い味わいがあります。
――どんなコーヒーにしたいかで、ドリッパーや道具を使い分けているのですね。
岩崎:1種類のドリッパー以外使わない、という人も多いんですよ。でもそれだと僕は少し物足りない気がするんです。それに、楽器を演奏する時、運指をこうして息をこう吹き込んでと、いちいち考えませんよね。だから僕は、コーヒーを淹れるときも“○度のお湯を△秒かけて注ぎましょう”と決めるのには賛同できない。楽器の演奏もそうですが、決まりにきっちりと従うより、やっぱり作品からどのように世界観を引き出すかに気持ちを向けるべきだと思うんですよね。
コーヒーは感情を表現できる「芸術」。たくさんの人にそれを知らせたい
――コーヒーをドリップしながら演奏するという、ユニークな活動を続けていますね。
岩崎:そうなんです。演奏する音楽でなにかを表現し、聴いてもらった後、同じことを表現したコーヒーを飲んでもらう。こういうライブをもう10年くらい続けています。コーヒーが芸術で、その味が表現だということを少しずつでも伝えたいんです。
――音楽の響きとコーヒーの香りが目の前に広がる、ライブ感あふれるパフォーマンスです。
岩崎:目の前でこの瞬間に香りと味を生み出せるライブ感が、この瞬間だけのリズムやメロディ、響きを持つ音楽のライブ感にマッチします。こういった音楽や美術などの芸術は、人間の感情を理屈じゃなく感覚で伝えられるものとして、昔から必要とされ、発展してきた。コーヒーを淹れて嗅覚と味覚で表現することは、その芸術の一環になれるポテンシャルを持っていると思います。
――このコルネットは、使い込まれた風合いがとてもいい雰囲気ですね。
岩崎:ヤマハのXeno(ゼノ)の初期モデルです。音程が信頼できる楽器なので、ドリップしながらの演奏時など、吹くことだけに集中しにくいときはとても助けてくれる。それとこのマウスピースは、トランペットの大家である中川喜弘さん手作りの試作品で、息はもっていかれやすいものの、とても吹きやすい。そういった、瞬発的には最高のパフォーマンスが出せる道具というところも、コーヒーにたとえられます。僕はふだん、業務用の電動ミルでコーヒーを挽きますが、ここぞというときは愛用の手挽きコーヒーミル「コマンダンテ」で少量だけ挽きます。コーヒーの粒の大きさ調節がとても幅広いので、狙いすました味が出せるんです。
ユーフォに出会って変わった人生。音楽とコーヒーの楽しさを伝え続ける
――国立音大の器楽科でユーフォニアムを学ばれたそうですね。楽器との出会いは?
岩崎:小学校6年生のとき学校にブラスバンドができ入部しました。そこでユーフォニアムに出会ったんです。そのバンドを作ったのが、クラシックトランペット奏者の星野豊先生。当時年間300もの公演に出演していた超売れっ子だったのに、学校の先生になろうと決意して教員免許をとった方です。やる気満々だった星野先生に出会って、一気に楽器の楽しさに目覚めました。そのあと中学でも吹奏楽部に入り、そのころから音楽家になろうといろいろな勉強を始めました。小学生時代に星野先生との出会いがなければ、たぶんこういう人生を歩んでこなかったと思います。
――音楽との出会いが人生を大きく変えたのですね。
岩崎:ユーフォニアムとともに育ってきて、その中で物事の受け取り方や、理解の仕方を自分なりに深められた。だから、ユーフォニアムの後に出会った、もうひとつの仕事であるコーヒーには、音楽に対する感性で向き合うことができました。そうすることで他のコーヒー職人さんとは違う部分が見えてきたと思います。
――今後の活動について教えていただけますか。
岩崎:音楽とコーヒーの共通点に目をつけて活動している人がいないので、これからもぜひそこに取り組んでいきたいですね。楽器吹きだからわかるコーヒーの楽しさって、きっとあると思うので。
――楽しみにしています!
岩崎:それから、昔趣味だったコーヒーが今は仕事になっているので、音楽の方では、自分がやりたいことに取り組みたい。今いちばん大事にしたい現場のひとつは小学校です。小学3年生から6年生くらいまでは、子どもらしい感覚的な生き方をしながら、自分の考え方も生まれてくる絶妙な時期。その年代の子どもたちに音楽を通してなにか語りかけることは、自分にとってとても大事な役割だと思っているんです。
取材を終えて
岩崎さんの「コーヒーを淹れるのと演奏することは同じ」というお話は新鮮でした。
そう考えると、一杯のコーヒーをこれまで以上にじっくりと味わいたくなりますね。そして、心が込められたおいしいコーヒーの中には、すてきな音楽のヒントもたくさん詰まっているに違いありません。
それを味わい、しっかりと感じ取れる人になりたいものです。
岩崎泰三 プロフィール
10 歳でトランペット奏者/教育者の星野豊氏に金管楽器を師事。17歳の頃、珈琲の鬼と呼ばれた吉祥寺「もか」店主 標交紀氏の焙煎に衝撃を受け珈琲文化に傾倒。国立音楽大学器楽学科にてユーフォニアム/室内楽を三浦徹氏に師事。ジャズ理論を山岡潤氏に師事。
子供本来の可能性を引き出すべく、各地の小中高校にて音楽指導多数。音楽的感性に基づいた鋭敏な五感を生かし、一杯の上質珈琲抽出から、大会場でのライブイベントまでジャンルを超えた多彩な活動を展開。幻の名店と呼ばれ全国の珈琲通から絶大な支持を得た東京・銀座の珈琲専門店『銀六珈琲 時‥』店主として、雑誌・メディア取材多数。
現在、フリーランスのオールラウンド・バリスタとして全国各地での出張珈琲抽出やセミナー開催、カフェプロデュースなど精力的に活動。また、インドネシアやラオスなど東南アジアでの希少珈琲調査、北欧や韓国でのパフォーマンスなど海外公演も多数。CQI認定Qアラビカグレーダーの資格を保有。
演奏楽器:ユーフォニアム/トロンボーン/トランペット/サックス/ピアノ/ドラム/ジャンベ/指揮 etc.
YouTubeチャンネル:岩崎泰三 -Coffee Journalist Taizo Iwasaki –
岩崎 泰三 コーヒーブランド:NOUDO
直営焙煎所:TCL ROASTING FACTORY
著書:はじめてのおうちカフェ入門 自宅で楽しむこだわりコーヒー(マイナビ出版)
「ホッ、と一息ついてみる」特集について
たまには楽器を置いて、気分をリフレッシュしてみては?楽器モチーフの贈り物をオリジナルで作ってみたり、自分へのご褒美を探してみたり、気になる運勢を占ってみたり。演奏することや聴くこと以外にも、音楽を楽しめる方法はたくさんあります♪