女性向け漫画誌『ココハナ』2013年1月号から2018年6月号まで連載されたいくえみ綾さんの作品『G線上のあなたと私』。音楽教室を舞台に繰り広げられる人間模様を情感豊かに描き、2019年にはTVドラマ化もされ、大きな話題を呼びました。
今回は、絶妙な人間描写で多くの読者から共感を得たこの作品の魅力を音楽的な観点から紹介したいと思います。
1.『G線上のあなたと私』はこんな作品です
寿退社の日に婚約者から婚約破棄を告げられた小暮也映子(こぐれやえこ/25歳)。失恋の歌でも聴こうと立ち寄ったCDショップでヨハン・セバスティアン・バッハの『G線上のアリア』を偶然耳にして、その美しいメロディに思わず涙します。
この曲を「弾いてみたい」と思った也映子は、音楽教室でヴァイオリンのレッスンを受けることになります。
也映子は、同じタイミングで音楽教室に入会した大学生の加瀬理人(かせりひと/19歳)と主婦の北河幸恵(きたがわゆきえ/41歳)に出会います。
年齢も職業も異なる3人ですが、練習や食事を一緒にするうちに友情が芽生え、紆余曲折を経ながらも、ついには3人でのコンサートを企画します。
この作品では、音楽教室をきっかけとして、人生のどん底にいた主人公が様々な人と出会い、仲間と一緒に楽器を奏でることで癒され、互いを励まし合いながら少しづつ前に進んでいきます。
このように音楽教室は、かけがえのない「仲間」とコミュニケーションをする大切な場所となっています。
そこで出会った人たちは、同年代では得られない気づきをお互いに与え、それぞれが成長していく様子が描かれています。
また、『G線上のあなたと私』は、他の音楽漫画と異なり、派手な演奏シーンはありません。しかし、初心者がレッスンで四苦八苦する様子や、それぞれの登場人物が持つ人間関係の悩みなど、誰もが共感できる日常的な人間模様が丁寧に描かれ、読む人の心に深く染みわたります。
2.『G線上のあなたと私』は音楽シーンもリアル!
作者のいくえみ綾さんは、切ないラブストーリーものから、温かいホームドラマ、ドラマ化され話題になった『あなたのことはそれほど』(2010年~2017年)のような大人の恋愛模様やシリアスな人間ドラマなど、作風は幅広く、少女漫画の枠にとどまらない個性的なタッチと人間の内面を綿密に描いた心理描写で、年代問わず幅広い層に支持されています。
いくえみ綾さんと言えば、音楽が非常に好きな方で、音楽に関連した作品を多く描いていることがファンの間で有名です。
『G線上のあなたと私』が生まれたのも、いくえみ綾さん本人が趣味でヴァイオリン教室に通ったことがきっかけになったのだそうです。
そのためこの作品は、音楽教室の様子やヴァイオリンを扱うシーンが非常にリアルに描かれています。
例えば、実際の音楽教室でも、グループレッスンは、年代や性別というより同じ程度のレベルの人たちがグループになるので、作品と同様に異なる年代の人が一緒になってレッスンは行われます。
また、カラオケルームで也映子たちが練習するシーンが何度か出てきますが、音の問題で自宅での練習は近隣住民や家族に迷惑がかかることから、防音環境が整ったカラオケルームで練習をする人が多くいます。
また、ヴァイオリンと弓の持ち方、構え、指の向き、そしてヴァイオリンを弾いているシーンは、さりげなく描かれていますが、経験者でないと描けない正確な描写になっています。
さらに、この作品では、也映子がヴァイオリンを弾きながら、うっとりと夢心地になっているシーンが何度も描写されています。ヴァイオリンはアゴと肩で挟んで演奏するので、音が骨に響いて余韻を感じることができます。また、ヴァイオリンはf字孔(サウンド・ホール)という表板に空けられたf字状の穴から発音されますが、それは耳のすぐそばなのでいい音が出ればとても気持ちよく演奏できます。也映子の演奏で気持ちよくなっているシーンは、恐らく、いくえみ綾さん自身がヴァイオリンの演奏時に体験したことを反映していると思われます。
ところで『G線上のアリア』という曲は、その名の通り、1本の弦(Gの弦)のみで演奏することができる曲としても知られています。
楽譜のアレンジやレッスンの頻度・個人差にもよりますが、アレンジが簡単なものだと数か月で、(間違いがありつつも)一通り演奏できるようになるようです。誰もが知る出だしの部分だけであれば、音楽教室の体験レッスンの時間内で弾けてしまう人も多いんだそうです。ご興味を持たれた方は、お近くの音楽教室を訪ねてみてはいかがでしょうか。
以上、『G線上のあなたと私』の紹介、いかがだったでしょうか?読めば読むほど味わい深いハートウォーミングないくえみ節が魅力の『G線上のあなたと私』。音楽好きな人はもちろん、少し日常に疲れて癒されたい人にもぜひ、読んでいただきたい作品です。読み終わったころには、勇気づけられ、也映子と同様、あなたも『G線上のアリア』をそっと口ずさんでいることでしょう!